(更新: 2026.03.31)

【闘病サポート記】妻の病気をきっかけに働き方を変えた話

働き方を変えようと思ったきっかけは、妻の肝硬変の診断だった。

それまでも「いつかはフルリモートで働きたい」「場所に縛られない働き方をしたい」と漠然と思っていた。でも「いつか」は「いつか」のままで、特に動いてはいなかった。妻の診断がその「いつか」を「今すぐ」に変えた。

診断前の働き方

以前は、週3〜4日は出社していた。オフィスは自宅から電車で40分ほどの場所で、通勤往復だけで1時間半以上かかっていた。

仕事自体はやりがいがあった。でも振り返ると、通勤で消費する時間と体力は膨大で、それが当たり前だと思っていた。「社会人とはそういうものだ」という前提を疑っていなかった。

妻が体調を崩し始めたのは2年ほど前からだ。原因がわからないまま、疲れやすさや食欲不振が続いていた。そのときも「病院に連れていく」「薬を買いに行く」くらいのことはしていたが、仕事中はどうしても「そちらのことを考えながら仕事する」状態になっていた。

診断から働き方変更まで

肝硬変と診断されてから、頭の中の優先順位が変わった。

まず、「出社している時間の意味」を考えた。週3〜4日のうち、本当に対面でなければいけない仕事はどのくらいあるか。正直に言えば、ほとんどなかった。会議はオンラインでできる。コードレビューはGitHubでできる。雑談は大事だが、毎日出社しなくてもできる。

上司に話をしたのは診断から2週間後だ。「妻が肝硬変と診断された。通院の付き添いや日常のサポートが必要になる。フルリモートに切り替えたい」と率直に伝えた。

反応は良かった。「それは大変だったね。フルリモートで進めましょう」と言ってもらえた。拍子抜けするほどあっさりと了承された。「もっと難しいと思っていた」というのが正直な感想だった。

実際に変えたこと

フルリモートに移行してから変わったことは3つある。

1. 時間の使い方

通勤がなくなって1日1.5〜2時間が戻ってきた。その時間を朝の集中作業と、妻の状態確認に使っている。

妻が通院する日は午後に時間を取って一緒に行く。出社していたら有給を使うか、仕事を途中で切り上げる必要があったが、今はフレキシブルに動ける。

2. 場所への意識

以前は「働く場所 = オフィス」という前提があった。今は「仕事ができる環境であれば、どこでもいい」という感覚に変わった。

自宅で働くのが主だが、妻の入院があったときは病院近くのカフェで仕事をしていた期間もある。場所の自由度が、精神的な安心感に直結することを実感した。

3. 評価軸

フルリモートになってから、「何時間働いたか」より「何を成果として出したか」を意識するようになった。妻のサポートで中断が入る日は、その前後の集中度を上げて補う。成果物で評価してもらえる環境があることで、プレッシャーなく動けている。

フリーランス・副業の選択肢

今は個人事業主として完全リモートで働いている。

理由は「もっと柔軟に動けるようにしたい」から。個人事業主として働く今は、「突発的な事情が発生したとき」に自分の判断で動ける自由度が高い。

このブログも、将来的な収入源の一つとして育てていくつもりだ。AIや自動化の技術を発信し続けることで、技術的なポジションを作っておきたい。

具体的には:
– 技術ブログの検索流入を増やす
– 個人開発プロダクトで収益化を試みる
– 将来的にはスポット的なフリーランス案件を受ける

今すぐ全部を切り替えるつもりはない。妻の体調が安定している今の状態を維持しながら、少しずつ選択肢を広げていく。

働き方を変えることへの抵抗

「働き方を変える」というと、大きな決断のように聞こえるかもしれない。でも、実際に動いてみると、思ったより障壁は低かった。

一番大きかったのは「言い出す勇気」だった。「迷惑をかけるかもしれない」「断られるかもしれない」という不安が先にあった。でも正直に状況を伝えたら、あっさり通った。

「働き方を変えたい」と思っているなら、まず一度、今の環境を見直すことから始めることを勧める。個人事業主という選択肢も視野に入れてみてほしい。

まとめ

妻の肝硬変をきっかけに働き方を変えた経緯と現在地をまとめると:

  • 診断直後に「在宅ワーク完全移行」を決断・申請・実現
  • 通勤時間がなくなり、妻のサポートと仕事の両立がしやすくなった
  • 場所の自由度が精神的な安心感に直結する
  • 将来的にはフリーランス・副業という選択肢も視野に入れている

働き方を変えるきっかけは、必ずしも「前向きな理由」でなくてもいい。私の場合は妻の病気がきっかけだったが、結果的に「本当に必要な時間の使い方」を考えるきっかけになった。